グレゴリー・コルベール展@ノマディック美術館
お天気の休日だからごった返しているかと思いきや、程良いまばら感。立ち止まって観てても誰の邪魔にもならないし誰にも邪魔をされない。
象の足下に横たわる少年の画。
普通写真というのは、シャッターを開いた時間がすべて折り重なって一幅の画にしてしまうものなのだと思うのだけど、この写真は一瞬のシャッターが水滴の煌めきやともすれば音までも思い起こさせる。
釘付けになって動けない。
何が、釘付けにしてきたのか。
私は、ここで何を受け取ったのだろう。
このまだ確と形にはできないなにものかを、飲み込んで蓄えて育て上げて表すことができたら、なんて不遜な野望を抱いてみる。
そして。
画面いっぱいの象の眼は、見詰めているとくるくると表情が変わって、眩暈のよう。
そんな挿絵のような、内側からぼんやりと輝いているような写真たちを観ていると虚と実の狭間に陥ってしまう心持ち。
22時の閉館過ぎまで粘って観ていたのだけど、そんなわけでもう一度行きたくなっている。
ただ、吃驚したのが思いの外セクシュアルだったこと。
それもまた(それこそが?)『生』のかたちの一つということかしら・・・